テーマ:中仙道

中仙道~倉賀野宿(群馬・高崎市)

中仙道六十九次のうち、江戸日本橋から数えて12番目の宿場町が、群馬県高崎市にある倉賀野宿です。 倉賀野宿の街道沿いには倉賀野神社があり、崇神天皇48年の創建と言いますから、紀元前からここに鎮座していることになります。 倉賀野神社 崇神天皇の皇子である豊城入彦命が、東国平定の時に松の木を植え、亀石を祀ったのが始まりとされ…
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中仙道~鴻巣宿(埼玉・鴻巣市)

江戸時代に入って中仙道が整備された時、当初は鴻巣に宿場町はなく、桶川宿の次は北本宿が正式な宿場町とされていました。 後に鴻巣宿が正式な宿場町となり、北本宿は間の宿となったのですが、その背景には鴻巣に徳川家康が御殿を築いたことがあるようです。 北本市と鴻巣市の市境 鴻巣宿には加宿があったようで、交差点脇に「加宿上谷新…
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中仙道~北本宿(埼玉・北本市)

中仙道69次の順番で行くと、江戸から数えて< 桶川宿の次は鴻巣宿になります。 しかしながら、桶川宿と鴻巣宿の間には「間の宿」があり、北本宿がその間の宿となっていました。 中仙道に限らず、東海道などでも宿場間の距離が長いところには間の宿が置かれたのですが、桶川宿と鴻巣宿の距離は1里30町(約7.2km)ほどなので…
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中仙道~桶川宿(埼玉・桶川市)

前回の中仙道は上尾宿で終わっていたので、そのゴール地点である上尾駅からスタートしました。 上尾駅前の旧中仙道 上尾駅から歩き始めてすぐ、100mほど進んだ右手に寺院の山門がありました。 秀善寺遍照院、室町時代の1394年開山の古刹です 境内では藤の花が見頃でした。 上尾駅から桶川市との市境までは…
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中仙道~上尾宿(埼玉・上尾市)

中仙道では東海道と違った感覚があるのですが、同じく京都を目指しながら、東海道は着実に西へ向かうのに対し、中仙道の方はひたすら北上していきます。 日本橋から数えて5番目の宿場町となると、東海道では横浜の戸塚宿にいたのですが、中仙道ではなぜか埼玉の上尾に来ました。 並走するのがJR高崎線というのが余計に旅愁を誘いますが、高崎…
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中仙道~大宮宿(埼玉・さいたま市)

大宮宿に差し掛かって来ると、中仙道はさいたま新都心駅のすぐ東側を北上して行きました。 もはや旧街道の跡は望むべくもないと思いきや、歩道の真ん中に当時の地蔵尊が保存されていて、しかも解説を読むと何だかきな臭い話になっていました。 旧高台橋にある火の玉不動尊(右)とお女郎地蔵(左) 火の玉不動尊は寛永12年(1800年…
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中仙道~浦和宿(埼玉・さいたま市)

京浜東北線蕨駅から西へ約1km歩いて中仙道に合流、蕨宿から再び中仙道の街道めぐりをスタートしました。 次に目指す宿場町は浦和宿ですが、旧中仙道は片側1車線の1本道が続くため、道に迷うことはありませんでした。 普通の生活道路となった感のある中仙道を歩いていると、いつの間にか現在の行政区分でもさいたま市南区(旧浦和市)に入ってい…
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中仙道~蕨宿(埼玉・蕨市)

予定より早く戸田橋までたどり着いたので、体力的にはともかく、時間的には余裕があったので、荒川を渡ってみることにしました。 当時の中仙道には橋が架けられておらず、戸田の渡しで荒川を渡っていました。 木曾街道 蕨之驛 戸田川渡場 当時の渡し場は戸田橋から下流に100mほど行った場所にあったようで、現在は渡し場の碑が建っ…
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中仙道~板橋宿(東京・板橋区)

新たな旧街道めぐりは中仙道、しかもスタート地点は日本橋ではなく、神田にしました。 自宅が蔵前橋通り沿いにあるので、自転車でそのまま西に行けば神田で中仙道にぶつかるという横着な理由です。 スタート地点は「なんだかんだの大明神」、神田神社です。 ここに来るまで約10km、しかも本郷台地を駆け上がらなければならず、隅田川を渡って…
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中仙道~加納宿(岐阜・岐阜市)

中仙道六十九次の53番目の宿場町は、岐阜市の加納宿です。 旧街道らしい一直線の道が延びており、道幅にも旧中仙道の面影が残っていました。 加納宿本陣付近の旧中仙道 しかしながら沿道の風景はすっかり変わってしまい、住宅地の中に建つ碑だけが旧街道の跡を示していました。 西問屋跡 脇本陣跡 こ…
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