青鳥城(埼玉・東松山市)
杉山城からの帰り道、地図を見ると国道254号線沿いに、「青鳥城跡」の文字がありました。
全くノーマークだったのですが、青鳥城と聞いて「ようこそここへ」という気がしないでもないので、とりあえず立ち寄ってみることにしました。

青鳥城の遠景
青鳥と書いて「あおとり」ではなく、「おおどり」と読むようです。
城跡と思われる場所には解説板がぽつんと建っていたものの、周りは畑や私有地になっており、なんだかとらえどころのない城郭でした。

本丸西側の空堀跡だと思われます。

本丸跡でしょうか、土塁の跡が見られます。
どうも私有地のような感じなので、むやみやたらと中に入っていくことはできませんでした。

空堀と土塁だと思われます。
本丸の周囲を探索してみると、方形に空堀が巡らされているようでした。

右手の藪の中に空堀があります。
仕方ないのかも知れませんが、全く荒れ放題の城跡でした。
解説板にある縄張り図では本丸の他に二ノ丸と三ノ丸の曲輪があったようですが、かなりシンプルな感じがします。

本丸が先にあって、その後に拡張されたようなので、元々は中世の居館だったのかも知れません。
~城跡データ~
【所在地】埼玉県東松山市石橋
【築城時期】平安時代末期
【築城主】不明
【遺構】曲輪、空堀
青鳥城の歴史は古く、平安時代末期に遡ります。
「源平盛衰記」に記述があって、1183年に源頼朝が青鳥野に布陣した記録が残っているようです。
解説板にはその後の経緯はありませんでしたが、1590年に前田利家の前に落城したとあることから、戦国時代は北条氏の拠点だったと思われます。
全くノーマークだったのですが、青鳥城と聞いて「ようこそここへ」という気がしないでもないので、とりあえず立ち寄ってみることにしました。

青鳥城の遠景
青鳥と書いて「あおとり」ではなく、「おおどり」と読むようです。
城跡と思われる場所には解説板がぽつんと建っていたものの、周りは畑や私有地になっており、なんだかとらえどころのない城郭でした。

本丸西側の空堀跡だと思われます。

本丸跡でしょうか、土塁の跡が見られます。
どうも私有地のような感じなので、むやみやたらと中に入っていくことはできませんでした。

空堀と土塁だと思われます。
本丸の周囲を探索してみると、方形に空堀が巡らされているようでした。

右手の藪の中に空堀があります。
仕方ないのかも知れませんが、全く荒れ放題の城跡でした。
解説板にある縄張り図では本丸の他に二ノ丸と三ノ丸の曲輪があったようですが、かなりシンプルな感じがします。

本丸が先にあって、その後に拡張されたようなので、元々は中世の居館だったのかも知れません。
~城跡データ~
【所在地】埼玉県東松山市石橋
【築城時期】平安時代末期
【築城主】不明
【遺構】曲輪、空堀
青鳥城の歴史は古く、平安時代末期に遡ります。
「源平盛衰記」に記述があって、1183年に源頼朝が青鳥野に布陣した記録が残っているようです。
解説板にはその後の経緯はありませんでしたが、1590年に前田利家の前に落城したとあることから、戦国時代は北条氏の拠点だったと思われます。
この記事へのコメント