大高城(愛知・名古屋市)

桶狭間の戦いの時、松平元康(徳川家康)が「大高城の兵糧入れ」で初陣を飾ったのが大高城です。

大高城跡碑.JPG
大高城跡碑

大高城は少し小高い丘陵にありますが、城と言うよりは砦と言った方がいいかも知れないほどの簡素なお城です。
大高城図.JPG
大高城図

丘陵の地形を活かして、曲輪が張り巡らされている感じでした。
大高城腰曲輪2.JPG
腰曲輪

本丸を中心に曲輪群があるのですが、1つ1つの曲輪が大きいのには驚きました。
大高城腰曲輪1.JPG

大高城腰曲輪4.JPG

大高城腰曲輪3.JPG
こちらは公園が出来るほどです。

そして本丸には祠が立っており、特段土塁や空堀が巡らされているわけでもありません。
大高城本丸.jpg
本丸跡
戦国時代初期の山城といった感じで、至ってシンプルな印象を受けました。

それでも大高城は今川義元の最前線にあり、敵対する織田信長の勢力圏はすぐ目と鼻の先にあります。


~城跡データ~
【所在地】愛知県名古屋市緑区大高町城山
【築城時期】不明
【築城主】不明
【遺構】曲輪
【関連史跡】桶狭間古戦場

大高城の築城年代は明らかではありませんが、戦国時代の15世紀半ばには、今川義元方の水野忠氏が居城としていました。
しかしながら水野氏が今川方から織田側に寝返ったことで、今川方に攻められて落城し、以後は今川方の鵜殿長照が入っています。

1560年の桶狭間の戦いでは、今川方の先鋒を務めた松平元康(徳川家康)が、戦いの最前線である大高城に兵糧を入れることに成功し、「大高城の兵糧入れ」として知られることとなりました。

大高城には松平元康がそのまま入城したのですが、やがて今川義元が討ち取られると、大高城を離れ、ようやく父祖伝来の岡崎城への帰還を果たしています。

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