井伊谷宮(静岡・浜松市)

井伊氏と言えば、戦国時代の「徳川四天王」井伊直政や、幕末の桜田門外の変で暗殺された大老、井伊直弼などが有名かと思います。 平安時代の初代井伊共保から続く井伊氏の歴史の中で、南北朝時代には南朝と深い結びつきがあったことは、あまり知られていないかも知れません。 井伊氏の菩提寺である龍潭寺に隣接する井伊谷宮は、南北朝時代の後醍醐天…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

龍潭寺(静岡・浜松市)

大河ドラマゆかりの地については、放映後しばらくして訪れるのがいいものだと、つくづく感じました。 昨年の大河ドラマ「おんな城主直虎」ゆかりの地、井伊谷を訪れるのは、今回が3回目です。 最初に井伊谷を訪れたのは放映より随分前の2008年のことで、2回目は放映中の2017年でした。 大河ドラマ放映中の井伊谷はすっかり様変わりして…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

香取神宮(千葉・香取市)

各地の香取神社の総本宮にして、下総国一之宮に君臨するのが香取神宮です。 利根川沿いの「利根水郷ライン」、国道356号線は何度も通っていながら、なぜかこれまで香取神宮を訪れたことはありませんでした。 初めて訪れる香取神宮でしたが、さすがは古くから崇敬を集めてきた神社とあって、参道商店街の賑わいにも歴史を感じました。 参道…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

春日山城(新潟・上越市)

これまで山登りやスキーで新潟県を訪れたことはあったものの、城めぐりで訪れるのは初めてです。 (これでついに47都道府県の訪城空白県はなくなりました) 越後で最初となる訪城は、もちろん春日山城です。 春日山神社に立つ旗印を目にした時は、「ついに春日山城にやって来た」と、感慨もひとしおでした。 「毘」の旗印 春…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

桑原城(長野・諏訪市)

諏訪盆地の東側は、南北に延びる主稜線から東西に支稜線がいくつか延びており、上原城から北へ約3kmの別の支稜線上にあるのが桑原城です。 桑原城へのアプローチは2通りあり、北側の普門寺口からだと途中まで林道が続いています。 未舗装の砂利道となっており、SUVなら行けるかも知れませんが、私は林道の入口から歩いて登りました。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

上原城(長野・茅野市)

諏訪市と茅野市の市境付近から見ると、金毘羅山の山腹に「上原城跡」と大きく書かれた看板がよく見えます。 比較的場所が特定しやすいのが上原城ですが、実は上原城を訪れるのは2回目で、前回の訪問はちょうど11年前の2007年8月でした。 前回は城跡の特定だけでなく、城跡へのアプローチもさほど苦労した覚えが全くないのですが、集落の中の細い…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

若神子城(山梨・北杜市)

龍岡城五稜郭のある長野県佐久市から「佐久甲州街道」(現在の国道141号線)を通って、山梨県に入ってきました。 武田信玄が甲斐の国に城を築かなかったためか、近隣都県に比べて山梨県には戦国城郭が少ないように思います。 武田氏の本拠地である躑躅ヶ崎館(甲府市)は中世武士の居館といったところで、とても戦国城郭と呼べるようなものではあ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

龍岡城(五稜郭)(長野・佐久市)

日本には五稜郭が2つあって、1つは有名な函館の五稜郭、そしてもう1つが長野県佐久市にある龍岡城の五稜郭です。 五稜郭公園から五稜郭の方へ歩いて行くと、民家や畑の中にいきなり稜堡が現れました。 北西側稜堡 周囲の水堀は埋められて道路となっているため、稜堡や石垣を間近に見ることができました。 石垣は最も進化した切込み…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

高遠城(長野・伊那市)

日本100名城の選定では「1都道府県から最大5城以内」の基準があって、1つの県からは最大5城までしか選ばれません。 それでも数々の名城がひしめく長野県からは、その最大の5城が選ばれ、高遠城は見事「日本100名城」に当選しました。 長野県からは他に松本城・上田城・小諸城・松代城(海津城)の計5城が100名城に選ばれています。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

高島城(長野・諏訪市)

かつては諏訪湖の南岸に面し、「諏訪の浮城」と呼ばれたのが、長野県諏訪市にある高島城です。 駐車場に下りると、細い道を挟んだすぐ先にいきなり石垣と守がありました。 石垣の積み方は古い「野面積み」なので現存だと思いますが、天守は後世になって建てられた復興天守です。 現在は本丸部分が公園として整備されており、まずは本丸北側の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

助川海防城(茨城・日立市)

幕末の水戸藩で、外国船の襲来に備えて築城されたのが、助川海防城です。 城郭それぞれに築城の目的はありますが、海防を目的として築かれた城郭は珍しいかと思います。 本丸表門と城跡碑 石垣は後世に築かれたものかも知れません。 普通の平山城と同じように山の斜面を平らに削って、幾重にも曲輪が築かれていました。 本丸土塁跡だと…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

一宮城(千葉・一宮町)

上総国の一之宮である玉前神社を擁する千葉県一宮町は、江戸時代に一宮藩が置かれた場所でもあります。 一宮藩の藩庁があった一宮城は、城跡よりも陣屋跡といった印象でした。 復元された模擬大手門 かつて江戸時代にもここに大手門があったようです。 すでに戦国城郭の面影はなく、遺構も藩庁の建物があったと思われる削平地が残っているだけ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

倉賀野城(群馬・高崎市)

利根川水系の烏川が後背を流れ、中仙道を抑える要衝にあるのが倉賀野城です。 烏川 旧中仙道倉賀野宿に復元された高札場(2013年9月) 倉賀野城跡は住宅地となっていて、本丸があったと思われる広場には城跡碑だけが建っていました。 史跡めぐりのイベントツアーでしょうか、地元ガイドの方が倉賀野城について解説されて…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

佐野城(栃木・佐野市)

何かにつけエキチカは便利なもので、城跡についても当てはまるかも知れません。 これまで訪れた数々の城跡の中でも、佐野城跡は最も駅からのアクセスがいいと思います。 三の丸が佐野駅に直結しています。 現在の佐野城跡は「城山公園」となっており、名前もストレートなので、場所も見つけやすくていいと思います。 さらには三の丸・二の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

守谷城(茨城・守谷市)

守谷城を訪れるのは2回目で、前回訪れたのは10年以上前のことです。 TXの守谷駅周辺は随分と様変わりしており、発展している街の勢いを感じました。 そんな中、守谷城址公園の周辺はあまり変わっておらず、自然が豊かな原風景を留めていました。 守谷城遠景 守谷城は鎌倉時代に造られた「守谷本城」と、戦国期に造られた「守谷城」に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

石神城(茨城・東海村)

原子力関連施設が建ち並び、「村」の名称とのギャップを感じるのが茨城県東海村。 近代的な海岸通りから少し内陸に入ると、中世的な石神城の城跡があります。 石神城は遠見城(Ⅰ郭)、御城(Ⅱ郭)、Ⅲ郭から成る連郭式で、現在はⅡ郭とⅢ郭の遺構が残っていました。 石神城Ⅲ郭の虎口 空堀と土橋が残っています。 Ⅲ郭の空堀跡 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

馬坂城(茨城・常陸太田市)

新羅三郎義光の孫、源昌義(佐竹昌義)を初代とする佐竹氏。 戦国時代には、「鬼義重」の第18代佐竹義重が伊達政宗や北条氏政と互角に戦い、第19代の佐竹義宣の時、ついに常陸を制した名門です。 その常陸源氏の発祥の地とも言えるのが、常陸太田市(旧久慈郡佐竹村)にある馬坂城です。 周囲を耕作地で囲まれた中に馬坂城跡があり、城跡碑と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

岩槻城(埼玉・さいたま市)

GWはどこへ行くでもなかったので、とりあえずゼットを転がして城跡めぐりに出かけて行きました。 (フェアレディZの泣き所、フロントのブッシュをアーム毎交換したので、試運転も兼ねて) 向かった先は、さいたま市岩槻区にある岩槻城(岩付城)で、現在は岩槻城址公園として整備されています。 池に架かる橋は「八つ橋」と呼ばれています。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

洒水の滝(神奈川・山北町)

ハイキングコースでは、河村城とセットになっているのが「洒水(しゃすい)の滝」で、「日本の滝百選」にも選ばれた名瀑です。 滝の魅力は滝壺の轟音と、水圧から来る風にあると思うのですが、残念ながら滝壺は立入禁止になっていました。 滝は三段になっており、一の滝の落差は69mあります。 さすがは名水を生み出す丹沢山系で、丹沢…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

河村城(神奈川・山北町)

静岡や山梨の県境にある山北町の河村城は、河村城址歴史公園として整備されており、大手口にある「馬違戸」に3台ほどの駐車スペースがありました。 現地の縄張図を見る限りでは、曲輪が複雑に配されており、どこが大手かわからない感じでした。 河村城縄張図 途中で改変されたのか、変な縄張です。 駐車場のある「馬違戸」と「大…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

寒川神社(神奈川・寒川町)

相模国には一之宮が二社あって、一社は鎌倉の鶴岡八幡宮、そしてもう一社が寒川神社です。 歴史で言えば寒川神社の方が古く、「延喜式」でも「名神大社」と定められていることから、鶴岡八幡宮より寒川神社の格式の方が高いのかも知れません。 一の鳥居と表参道入口 一の鳥居からは並木道の参道が約1kmにわたって続いており、途中…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

鳥取城(鳥取・鳥取市)

鳥取城は標高263mの久松山(きゅうしょうざん)の山頂部と山麓部にあり、城跡は久松公園として整備されています。 久松山遠景 鳥取市内は一面の雪景色だと想像しており、久松山も雪中登山になると思っていたので、少し安心しました。 鳥取城は、久松山の山麓部分の「山下ノ丸」と、山頂部分の「山上ノ丸」に分かれています。 「山下ノ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本郵船氷川丸(神奈川・横浜市)

かつてのフランス波止場、山下公園には日本郵船の貨客船「氷川丸」が係留されています。 氷川丸全景 全長163.3m、総トン数11,622トンです。 氷川丸の内部は2008年にリニューアルされ、中に入って見学することができます。 右舷乗船口 乗船口のあるBデッキからエントランスホールに入り、順路にしたがって前方…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本丸メモリアルパーク(神奈川・横浜市)

横浜港の旧横浜船渠株式会社第一号船渠(ドック)は「日本丸メモリアルパーク」となり、帆船日本丸が係留されています。 1930年1月27日が進水式(お誕生日)で、今年で満88歳の米寿を迎えます。 日本丸は商船系の学校の練習船で、1984年の引退までに約183万キロを航海したそうです。 旧横浜船渠株式会社第一号船渠(国指定重…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

茅ヶ崎城(神奈川・横浜市)

自宅から100mも離れていない場所に茅ヶ崎城跡があり、現在は茅ヶ崎城址公園として整備されています。 北側の城址公園入口 まだ雪が残っています。 現地の縄張図を見ると、独立した四つの曲輪が配された、典型的な中世城郭です。 縄張図 東西に延びる縄張となっており、東に行くほど比高が高くなっています。 北側の公園入口…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

水城(福岡・太宰府市)

「筑紫に大堤を築きて水を貯えしむ。名づけて水城と曰う」と、日本書紀に登場するのが水城(みずき)です。 水城の遠景 水城は土塁と濠で造られた古代城郭で、土塁は長さ約1.2km、高さ約10m、最大幅が約80mありました。 土塁跡(断面) 東西に延びる土塁の北側には、かつて幅約60m、深さ約4mの外濠が巡らされていたそ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

伏見城(京都・京都市)

京阪伏見桃山駅から続く通りには「大手筋通り」の名前が付いており、この道が伏見城に至る大手筋でした。 大手筋に建つ御香宮神社の鳥居 御香宮神社の表門は、伏見城の大手門を移築したと伝えられています。 表門(移築現存、国指定重要文化財) 御香宮境内に入って見ると、伏見城石垣石の残石が置かれていました。 伏見城…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

二条城(京都・京都市)

京都に住んでいる頃、何度も前を通りながら、訪れたことがなかったのが二条城です。 二条城は二の丸と本丸だけの輪郭式の縄張となっており、二の丸は外堀で囲まれています。 二条城外廻絵図 東側の外堀 二の丸に建てられた隅櫓のうち、東南隅櫓と西南隅櫓が現存しています。 東南隅櫓(国指定重要文化財) …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

一乗寺下り松(京都・京都市)

ラーメンの激戦区となっている一乗寺・北白川界隈、ここは宮本武蔵の決闘の地でもありました。 宮本武蔵の決闘では巌流島があまりにも有名かと思いますが、「一乗寺の決斗」は小説や映画でも取り上げられており、その舞台となったのが「一乗寺下り松」です。 一乗寺下り松 現在の松は四代目で、その横には「宮本 吉岡 決闘之地」の碑が建ってい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

中城城(沖縄・中城村)

約10年前に中城城を訪れたことがあり、ユネスコ世界遺産(文化遺産)、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の碑を見るのも2回目です。 当時は登城道も整備されていなかったのですが、今回は登城道までの道が整備されている上、正門近くまでカートで運んでもらいました。 中城城の正門 当時は櫓門が建っていたと思われます。 正…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

勝連城(沖縄・うるま市)

勝連半島の付け根部分、標高100mの独立した丘陵部にある勝連城は、うるまの市内からもその石垣がよく目立ちます。 勝連城の全景 勝連城は三の曲輪から一の曲輪まで備えた連郭式で、それぞれの曲輪が城壁と石垣で囲まれています。 西原御門の石垣 三の曲輪へ続く石階段 右側に城壁を見ながら横矢が掛かっており、本土の城郭…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

名護城(沖縄・名護市)

名護湾を見下ろす標高107mの山頂部に名護城(ナングスク)があります。 名護城の城跡は神社の境内になっているらしく、両脇に石灯篭が並ぶ500段ほどの階段を、延々と登って行きました。 そしてその長い階段の先にあったのが、普通に神社の拝殿です。 名護神社拝殿 琉球信仰の御嶽(うたー)ではなく、まぎれもなく神道の神社です。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

残波岬(沖縄・読谷村)

泡盛の銘柄の由来ともなっているのが、読谷の残波岬です。 座喜味城から見た残波岬 「残波」の製造元である比嘉酒造は、ちょうど座喜味城と残波岬の間にあります。 残波岬は断崖絶壁上にあって、打ち寄せる荒波が泡盛「残波」のロゴにもなっています。 ところで那覇空港から北向き(RWY36)に離陸する時、右手に見える嘉…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

座喜味城(沖縄・読谷村)

加藤清正や藤堂高虎など、16世紀の戦国時代には築城の名手、特に石垣造りの名手がいました。 それから遡ること約1世紀、琉球にも護佐丸という築城の名手がおり、その護佐丸によって築城されたのが座喜味城です。 座喜味城の城跡碑 座喜味城は二の郭と主郭の2つの曲輪を持つ縄張となっており、それぞれの曲輪が城壁で囲まれていました…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

今帰仁城(沖縄・今帰仁村)

今帰仁(なきじん)は、ぜひ訪れてみたい城の1つでした。 これまで画像でしか見たことのなかった城壁が目の前にあります。 大隅(曲輪の名前)の城壁 この高石垣と曲線美は、琉球のグスクならではでしょうか。 平郎門 グスク特有のアーチ型ではありませんが、ここが大手門のようです。 平郎門を抜けると、左右に見…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

具志川城(沖縄・糸満市)

沖縄本島の最南端、喜屋武岬近くにあるのが具志川城です。 東シナ海に臨む城跡(ぐすくあと)には、サンゴで出来た琉球石灰岩の城壁が残っていました。 首里城と違って、ここではサンゴ石の野面積みです。 城壁には門があったのかも知れませんが、崩落していてよくわかりませんでした。 虎口跡 具志川城は三方を海に囲まれてお…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

斎場御嶽(沖縄・南城市)

琉球の城(グスク)が軍事拠点ではなく、聖域であったとされる理由の根拠に御嶽(うたき)の存在があります。 御嶽は琉球神道の神が存在する場所とされ、その琉球王国最高の聖地であるのが「斎場御嶽(せーふぁうたき)」です。 斎場御嶽碑 琉球王朝の時代は男子禁制で、琉球国王も女装して入ったそうです。 中に入ると必ず小さな教室のよ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

識名園(沖縄・那覇市)

識名園は琉球王朝の庭園であり、中国からの使節である「冊封使」などを接待した場所でもありました。 識名園入口 日本庭園は数多く見てきましたが、琉球庭園とはどのようなものか、非常に興味があります。 中に入って見ると、まずは番屋が現れました。 一瞬、台南市の徳記洋行の旧倉庫「安平樹屋」を思い出してしまいました。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

玉陵(沖縄・那覇市)

「玉陵」と書いて、「たまうどぅん」と読むそうです。 (むしろ「たまうどぅん」と読んで、「玉陵」と書くのかも知れません) 玉陵碑 首里城の西隣にある玉陵は琉球国王の墓所で、ガジュマルの樹々の間を抜けた先に番所と玉陵があります。 かつては東の御番所と西の御番所が置かれ、発掘調査の結果、現在は東の御番所が復元されていま…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

園比屋武御嶽石門(沖縄・那覇市)

琉球の聖地である「御嶽(みたき)」、各地のグスクでは必ずと言っていいほど目にしてきました。 首里城にある数々の御嶽の中でも、守礼門と観会門の間にある「園比屋武御嶽(そのひゃんうたき)」は、琉球国王が外出する時に、安全祈願を行った場所です。 園比屋武御嶽石門(国指定重要文化財) 石門は神社で言うところの拝殿にあたりますが…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

首里城(沖縄・那覇市)

亜熱帯の情緒あふれる12月の沖縄。 アジアモンスーンに吹かれながら夜の国際通りを歩いていると、南国テイストの中にノスタルジーを感じてしまいました。 (街並みは那覇と全く違うのに、在台時代の台北市街地を思い出してしまいます) オリオンビールと沖縄料理に島唄のライブと、なかなか名残惜しい夜でしたが、次の日は早起きなので早めに切り上…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

橿原神宮(奈良・橿原市)

高取城のある高取から関西空港への帰り道、やはり素通りできないのが橿原神宮でした。 一の鳥居 神橋と二の鳥居 神倭伊波禮毘古命(かむやまといわれびこのみこと、後の神武天皇)が、九州高千穂から東に向かった「神武天皇東征」で、畝傍山の東南の麓に創建した橿原宮が橿原神宮の始まりです。 南神門 外拝殿 祭神…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

高取城(奈良・高取町)

大阪と奈良の府県境、二上山南側を通る旧竹内街道(南阪奈道路)を通って、大阪から奈良へと入って行きました。 竹内峠のトンネルを抜けた時、眼下に懐かしい大和平野南部が広がっていて、大和三山(畝傍山・耳成山・香久山)の姿も目に入ってきました。 竹内峠を越えた後、飛鳥を抜けて吉野方面へと向かい、目指した先は「日本三大山城」の1つに数えら…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

和歌山城(和歌山・和歌山市)

紀州和歌山は、尾州名古屋・常州水戸と共に「徳川御三家」の1つに数えられ、「暴れん坊将軍」の第八代徳川吉宗を輩出した土地でもあります。 現在の和歌山城跡は本丸と二の丸が公園として整備されています。 現地の縄張図。(下が北になっています) まずは周囲を回ってみようと、大手門から歩き始めました。 大手門 56万石の大…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

千早城(大阪・千早赤阪村)

下赤坂城や上赤坂城のさらに背後にあって、まさに楠木正成が「詰の城」としたのが、千早城です。 現在の千早城跡は千早神社の境内となっており、表参道は金剛山への登山道ともなっています。 登城口 千早神社の参道入口であり、金剛山への登山道入口でもあります。 登城道入口の左右には二つの石柱が建っており、右には「審強弱之勢於機先…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

上赤坂城(大阪・千早赤阪村)

大阪府千早赤阪村にある二つの赤坂城、すなわち下赤坂城と上赤坂城のうち、どちらが古典「太平記」に出て来る「赤坂城」なのでしょうか。 そんなことを考えつつも、下赤坂城から上赤坂城にやってきました。 上赤坂城登城口 ここで車を降り、登山装備で歩き始めました。 現地にある上赤坂城縄張図 本丸直下までは一本道が続き、途中…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

下赤坂城(大阪府・千早赤阪村)

千早赤阪村には上赤坂城と下赤坂城の2つの赤坂城があり、いずれも楠木正成が築城した楠木七城の1つに数えられています。 古典太平記の記述の中では、楠木正成が「赤坂城」で鎌倉幕府軍と籠城戦を繰り広げたとなっていて、上赤坂城と下赤坂城の区別はありません。 下赤坂城跡は千早赤阪中学校の校舎裏手にあり、現在は城址碑だけが建っていました。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

楠公誕生地(大阪・千早赤阪村)

大阪府で唯一の村、千早赤阪村にやって来ました。 里山風情の残る長閑なこの場所は、「倒幕運動」の舞台の一つでもあります。 倒幕運動と言えば徳川江戸幕府の倒幕の印象が強くありますが、北条執権の鎌倉幕府でも倒幕運動が起こりました。 その鎌倉幕府倒幕の立役者の一人、「楠公」(大楠公)、楠木正成が本拠地とした場所が千早赤阪村です。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

小牧山城(愛知・小牧市)

名鉄岐阜から各務原線に乗って終点犬山で降りた後、さらに犬山からは名鉄小牧線で名古屋市内を目指しました。 名鉄小牧線の小牧駅を最寄りとするのが小牧山で、かつては小牧山城が築かれていました。 犬山城天守から見た小牧山 小牧山とは言え標高は85.6mしかなく、山というよりは丘といった感じです。 岐阜城から見た小牧山…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

犬山城(愛知・犬山市)

今回はJR岐阜駅でわざわざ名鉄に乗り換え、さらには名鉄各務原線という、我ながら奇特なルートを利用しました。 向かった先は各務原線の終点、犬山です。 岐阜城天守から見た犬山城 名鉄を犬山駅で降り、犬山城へ向かう途中には、かつての城下町を偲ばせる街並みが残っていました。 寺内町の街並み 城下町の東に寺院が配され、城…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more